Shin Nakamura | 暖簾(のれん)ディレクター・プロデューサー  暖簾を通じて日本各地の手工業や工芸の新たな関係性づくりに挑戦している。 | 暖簾考03 – 隈研吾
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足すと、引く

日本の建築や都市の作り方は、永遠に作り続けていくことが基本になっていると思っています。絶えず直し続け、絶えず変え続けていく。そういう止まらない時間の中で日本の建築や都市は作られてきた。なぜ、それが可能になったかというと素材の影響がすごく大きくて、木、布、紙など、日本の建築のベースになっている素材は、どれも軽くて、切ったり足したり引いたりが簡単にできるものです。それにくらべて、西欧で使われる石やレンガなどの重たい素材は、一度、積んでしまうとなかなか後から変えることはできない。日本の建築というものの、時間との関係の定義が、西洋とはもともと違ったのではないかなと感じています。それは、じつはすごく未来的なシステムと言えます。環境を考えると、人間はスクラップアンドビルドというものをどう超えていくかが大きな課題となっています。でも、人間は、生活に合わせて空間を変えたくなる。そのとき、スクラップアンドビルドではなく、足したり引いたり、空間がスムーズに緩やかに変わっていく。その代表が、のれんではないかという気がします。例えば、今回、ホテルロイヤルクラシック大阪の現場の最終検査で重たい鉄の扉の存在が気になって、その前にのれんをかけることを思いついたら、中村さんがとっても素敵な柄ののれんを染めてくださって…。それまでは、鉄の扉がある重たい感じだった空間が、逆に空間の中でいちばんの華に生まれ変わったみたいな感じがしました。

中村

ありがとうございます。あの柄は、墨流しという伝統技法で染めました。主に和装や和紙などに用いていた技法ですが、打ち合わせでのれんのイメージをお聞きする中でぴったりだと思いご提案しました。のれんに転用することで、技術の新たな価値につながればいいなと思います。

わぁ、それは面白いね。僕は、のれんがそこに1つかかることで巨大なホテルの空間全体がとても柔らかくなった印象を持ちました。まさに、こういう体験ができるのも、のれんだからこそです。

中村

のれんの特徴として、境界の足し算、引き算が容易にできるということが挙げられると思います。また、開店を知らせるという目的がありますし、まさに開店中は足し算で、お店が閉まるときは引き算ですね。

ホテルロイヤルクラシック大阪

身体性と、服

中村

のれんは、日本独特のもので、西洋のカーテンとは違う意味合いがあると考えています。隈先生はどのようにお考えですか。

カーテンとは全く違うしなやかさを持っていて、サインでもある。西洋というのは、大きくいうと、都市があって、建築があって、家具があって、プロダクトがあって、サインがあって、タテ割りになっているけれど、のれんは、壁のようでありながら、プロダクトのようでもあり、しかもサインとしてものすごく重要性を帯びていて、このようにいろんな機能を串刺しにするようなものは他の国で見たことはないですね。ある種のサインという機能を持っているから、場が上手く仕切れるのです。それから、僕は、のれんとは服でもあると考えています。服というのは、人間の身体と絶えず触れ合いながら関係性を作っていて、のれんも人間の身体と無関係に存在しているのではなくて、くぐったり、開いたりという動作と一体となった空間の中にある、一種の服だと言ってもいいと思います。

中村

私も身体に触れるという点は、のれんのユニークなところだと思っています。

のれんをひょいっとくぐる時の動作が、粋かどうかでその人の生き方や性格がわかるような気がするから面白いよね。

那珂川町馬頭広重美術館 Photo by FUJITSUKA Mitsumasa

日本の境界には、小数点がある

中村

海外の建築で、のれんを使われることもありますか?

このあいだ、ロンドンのお鮨屋さんの空間でも使いました。最初からプランしていたわけではなくて、最後に現場で空間と空間をつなぎ過ぎているなと感じて、パッと思いついて付けたのだけれど、のれんの便利さを感じましたね。区切る動作をするだけでまったく違う身体体験が得られます。同じ日本の文化でもお茶の身体体験にはある程度の勉強が必要になるけれど、のれんをくぐるのは勉強しなくてもできるし、作法もいらない。でも、その動作をしただけで、海外の方でも今までの空間と違うところにいく身体体験をしていただけると思います。

中村

すごいヒントをいただきました。数年前、オランダのアムステルダムでのれんの展示イベントを開催したのですが、ヨーロッパの方々は、エントランスにかけたのれんをなかなかくぐってくださらなくて…。 でも、日本らしい粋な身体体験ができるということをきちんと伝えれば、海外の方にも興味をもっていただけるような気がしてきました。

海外には、くぐるという行為自体が少ないかもしれない。日本人は、細やかな動作を通じて、空間をものにしていくけれど、ヨーロッパの人たちはその感覚がないということもあります。でも、逆に言えば、彼らは日本の文化にすごく関心をもっているので、のれんを粋にくぐることができるのが日本ツウだ、みたいなことで、学習していく可能性はすごくある気がします。

中村

隈さんご自身が、海外の方にのれんの意味合いを説明される時は、どのように話されるのですか?

境界という説明がいちばんです。日本には、いろんな境界の仕切り方が存在していて、ヨーロッパのように分厚い壁で仕切るのか、完全にオープンか、の2種類ではなくて、その中間にいろんな小数点がありますよと説明するのがわかりやすいでしょうね。ヨーロッパには、レイヤーを重ねていく空間の奥行きの作り方がなく、部屋という概念はあっても、レイヤーや層という概念はない。例えば、広重の浮世絵の凄さは、レイヤーを使って3次元を表現しているところですが、ヨーロッパの絵画は遠近法が基本です。透けるものではなくソリッドなものを使って奥行きを表現します。でも、そこには小さな空間の中に奥行きをつくるのが難しいという限界もあります。それが20 世紀になり、例えば、絵画だったらフィンセント・ファン・ゴッホが、建築だったらフランク・ロイド・ライトが、層を使った表現方法を発見します。この層という考え方のいちばんわかりやすいのが、のれんでしょう。薄い布が一枚かかっているだけで、そこに層ができるわけですから。けれども、日本人は、この層という表現方法が持っているすごさに自分たちで十分に気づけていないところはありますね。

中村

私は、のれんも同様に日本独自の面白い文化でありながら形骸化しつつあると感じます。のれんというものに改めて意味合いを持たせていく上で大切なのはどのようなことでしょうか?

そうですね。やっぱり挑戦を続けていくことです。 先ほどの墨流しという染め方もその1つでしょう。また、今の時代、空間のスケールには、小さなものから巨大なものまであって、超巨大なものにこそ、僕は、のれんの面白さが活きると思っています。

中村

なるほど!じつは、のれんの最大サイズを更新したいと思っています。ぜひ、超巨大なのれんに挑戦してみたいです!!

隈 研吾(クマ ケンゴ)1990年、隈研吾建築都市設計事務所を設立。これまで20か国を超す国々で建築を設計し、(日本建築学会賞、フィンランドより国際木の建築賞、イタリアより国際石の建築賞、他)、国内外で様々な賞を受けている。その土地の環境、文化に溶け込む建築を目指し、ヒューマンスケールのやさしく、やわらかなデザインを提案している。また、コンクリートや鉄に代わる新しい素材の探求を通じて、工業化社会の後の建築のあり方を追求している。隈研吾建築都市設計事務所 https://kkaa.co.jp/)
中村 新1986年東京生まれ。有限会社中むら代表取締役。
大正12年から平成17年まで着物のメンテナンス等を請負っていた家業の中むらを再稼働し、平成27年よりのれん事業を開始。日本の工芸や手工業の新たな価値づくりに挑戦しており、職人やクリエイターとともにのれんをつくるディレクターとして活動。のれん事業の傍らでつくり手の商品開発や販路設計にも取り組んでいる。

隈研吾 暖簾 のれん 製作 制作 中むら 中村新 東京 オーダーメイド